ネット釣り師が人々をとりこにする手口はこんなに凄いらしい

ごきげんよう。有料メルマガ批評家の渡辺文重です。今回はHagex『ネット釣り師が人々をとりこにする手口はこんなに凄い』の書評を掲載したいと思います。

2ch、発言小町、はてな、ヤフトピ ネット釣り師が人々をとりこにする手口はこんなに凄い (アスキー新書)
2ch、発言小町、はてな、ヤフトピ ネット釣り師が人々をとりこにする手口はこんなに凄い (アスキー新書)

この本では、インターネット上に「釣り師」が存在することを前提に記されています。この前提について、私は疑いの余地がないと思っています。少なくとも、「インターネットの投稿が全て真実」ではないことは、間違いありません。


かなり昔のことですが、私は、とある掲示板群の管理をしていたことがあります。具体的な名前は出せないのですが、私が担当していたジャンルでは、1日に数千件の投稿がありました。この掲示板は承認制だったため、管理者の仕事は、ユーザーからの投稿をチェックして、問題がなければ承認することとなります。実際、私は1日に数千件の投稿をチェックしていました。

このように書くと大変だと思われるかもしれませんが、実際には、それほど面倒な仕事ではありませんでした。その理由としては、まず、リアルタイムでチェックする必要がなかったことが挙げられます。10時、15時、20時の1日3回更新だったため、その直前1時間に集中して作業を行えば良かったのです。

また、会員制のサービスだったため、ひどい内容の投稿は少なく、ほとんど「承認」できたことも理由に挙げられます。掲示板の管理機能には、差別表現・不快語や、要注意人物のIDを赤く表示する機能があるため、それらを参考にして、1回あたり数件の「承認不可」判定をするだけで良かったのです。

ちなみに、本来は承認してはいけない投稿が承認された場合は、サービスへのご意見掲示板やメール、電話でクレームが来るため、それを見て「承認不可」判定することになります。

しかし、中には頭のおかしい人も存在します。具体的には「なぜ、俺の投稿を掲載しないのか! 言論の自由を侵されている」と主張してくる福岡県在住K氏のような存在です。なぜ、その人物が福岡県在住だと知ったかについては、あとで説明させていただきますが、とにかく彼は、投稿が非掲載になるたび電話を掛けてくるため、社内でもちょっとした有名人でした。

掲示板のルールには「投稿の掲載・非掲載に関して個別の回答を行わない」と記していますので、回答する義務はないのですが、とにかく「言論の自由」の一点張りで電話を切ろうとしないのです。短い時でも10分、長い時は1時間以上も話し続けます。こちらから電話を切れば良いと思うかもしれませんが、それは無駄なことです。何度でも電話を掛け直してくるのですから……。

そこで、私は素行調査を行うことにしました。と言っても、探偵を雇うための予算は下りませんから、検索エンジンを使い、自分で調べることにしました。ヒントは電話番号とメールアドレスです。電話番号は電話機のディスプレーに表示されるため、簡単に知ることができました。また、メールアドレスは過去に一度、メールで抗議が届いたことがあったため、その情報を元にしました。

その結果、とあるSNSにたどり着きました。幸いにも日記が「公開」に設定されていたため、さまざまな情報を得ることに成功しました。それによると、彼の本名はK(もちろん、仮名です)で、福岡県在住の深夜アルバイト。そして、韓国語教室に通っていて、そこの教師に熱を入れていることが分かりました。

これで、さまざまなことが腑(ふ)に落ちました。なぜ、一般的な勤務時間と思われる時間帯に長電話ができるのか。また、どうして韓国人に対して明らかな差別的な発言を行っているのかも判明しました。彼の主張を要約すると、「韓国は汚れた国である。しかし、私は心が広いから、そんな韓国人であるOさん(韓国語教師)のことを愛しているが、Oさんは自分の好意にそっけない態度を取るので許せない」になるでしょうか。支離滅裂ですが、文章にするとこうなります。

結局、彼がしたかったことは「自作自演」だと判明しました。掲示板の仕様で、ハンドルネームを切り替えることができたため、韓国人の悪口を演じる人格Aと、韓国人の悪口をいさめる人格Bの両方を演じたいのだと理解しました。そうなれば、対策は簡単です。システム担当に依頼をして、2ちゃんねるのようなIDを取り入れるようにしたのです。

しかし、自作自演を防止するだけでは気が治まりません。そこで、ID制の正式導入を、私が立ち会える時間帯にしてほしいとの要望をシステムに出しました。これは管理人としては自然な要望だったと思います。そうなれば、あとはKが韓国をおとしめる発言をするのを待つだけです。実際には、待つ必要はなかったのですが……。

15時の更新のタイミングで、私は「うっかり」、普段は承認不可にするようなKの嫌韓流発言を承認してしまいます。その後、ID制を導入。すると、Kによる自作自演が明らかとなったのです。もし、誰も気が付かなかったら、私が一投稿者を装い、指摘する投稿をしようと思っていたのですが、一般投稿者が気付いてくれたため、その必要はなくなりました。

その後、Kから電話が掛かってきたため、私が対応をしたのですが、いつも以上に支離滅裂なことを言っていた気がします。細かい内容は覚えていませんが、正直、この時ほど楽しいことはなかったですね。しかし、楽しい時間は過ぎるのが速い。結局、3時間もKの話を聞くことになったのです。

その後、私は上司から怒られました。まず、不適当な発言を承認してしまった件。次に、ID制の導入を事前に告知すべきだったという指摘。そして、最後に「君は、電話の相手と比べて何倍の給料をもらっていると思っているのだね。きちんと仕事をしたまえ」と、にやけた顔で言われたのでした。

そういえば、Kは、自分が会社役員で年収は1000万円以上だと掲示板に投稿していましたっけね。



この文章を読んでピーン!と来た人は正解です。この文章は『ネット釣り師が人々をとりこにする手口はこんなに凄い』を参考に書いた「釣り」です。どのような「フック(釣り針)」が仕込まれているかは、『ネット釣り師が人々をとりこにする手口はこんなに凄い』を読んで、解読していただければと思います。

実際には、一部、ノンフィクションの部分もあるのですが、その理由は、Hagex氏による「人間の想像力には限界がある」との指摘を考慮した結果となっています。

「釣り師は自分の経験やスキル、そして自己の想像能力を超えたエピソードを書くことができない」(P072)

これは「誰が初めに言ったか不明だが、釣り師判定を趣味にしている人間や、ネットウォッチャーの間で有名なフレーズ」だそうです。一方で、Hagex氏は「想像力の限界がない」人間も存在すると指摘しています。

『ネット釣り師が人々をとりこにする手口はこんなに凄い』では、釣りの文章を見抜くための、さまざまな方法が紹介されていますが、同時に、例外の存在を忘れてはならないと記されています。また、「おわりに」では、釣りの判断テクニックを学ぶと、「すべては釣り病」(ネットの投稿は全て釣りだと判断したくなる症状)に罹患(りかん)してしまう危険性があるが、それは治すべきだと記しています。

この本のメッセージを私なりに読み解くと、「考えることを放棄してはいけない」ではないかと思います。ネットで、自分にとって都合の良い投稿を見つけた時に脊髄反射的にRTをしてしまったり、自分の価値観とは相いれない投稿を見つけた時に反論のコメントをしたりしていいのか、という問いの投げ掛けではないでしょうか。

この本は、ある意味、ネット釣り師になるための指南書とも言えるのですが、むしろ、ネット釣り師ではない人こそ、読むべき本ではないかと思います。それは、インターネット上のコミュニケーションにおいて、自分だけでなく「相手」を強く意識することを教えてくれるからです。

相手の意図を理解しようとすることは、コミュニケーションの基本です。そして、自分の価値観とは異なる「釣り師」という存在を知ることで、自分が何をすべきかを考えるという手順が生まれるのです。1人1人が釣り師にだまされなくなるだけで、どれだけインターネットの可能性は残念ではない方向に広がっていくのか。

私は、『ネット釣り師が人々をとりこにする手口はこんなに凄い』が多くの人に読まれることを願ってやみません。

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