サッカー選手同士という根底の部分での信頼関係

僕は以前、「サッカー未経験者でもサッカーを語れる理由」という記事を書きました。その一方でサッカー経験者にしか分からないサッカーがあることも事実です。「サッカー未経験者はサッカーを語るな」という挑発は、「素人の興味や関心をお金に換えるスポーツビジネスの本質を理解していない」との言葉で切り返すことができます。しかし、サッカー未経験者がサッカー経験者ほどサッカーに関する造詣がないのは事実です。


※ここでのサッカー経験とは、Jリーグでプレーするぐらいのレベルでの経験を指します。


ただし、競技ルールに関しては、プレー経験者の方が詳しいと限らないようです。速サカ編集時代、「テル・コン・フットボリスタ」(岩本輝雄さんがホストになって、サッカー関係者と対談する)という企画で、ゲストの上川徹さん(元国際審判員)が、このようなことを言っていました。


ゴールキックオフサイドにならないって知らない選手が意外と多い。日本代表クラスでも、手を上げてアピールすることがある」


これは、必ずしもサッカー選手がサッカーの競技ルールに詳しいとは限らないことを示すエピソードになると思います。ルールに関する知識は、サッカー経験の有無とは無関係と言うことです。


※上川さんは元サッカー選手なので素人ではないですよ!


サッカーの競技ルールに関する知識は、誰でも勉強さえすれば身に付けることができます。サッカーの素人が、優れた戦術理論を作り上げる可能性も否定しません。しかし、それでもなお、サッカー経験者にしか分からないサッカーが存在します。例えば、サッカー選手の心理などがそうです。


2006年のドイツW杯直前、私は前園真聖さんに話を伺う機会に恵まれました。前園さんは速サカでコラムの連載をされていたので、月に1回は打ち合わせを行っていたのです。その時、大黒将志選手のことが話題になりました。大黒選手は当時、フランス2部のグルノーブルに所属。W杯の日本代表に選ばれるか微妙なラインに位置していました。前園さんは渡仏し、大黒選手にインタビューをしたというのです。


※前園さんの大黒選手に対するインタビューはテレビ東京のスポーツ番組で放送されたので、ご覧になられた方も多いかと思います。


私は前園さんに、このような質問をしました。


「日本代表に選ばれるか微妙な選手にW杯の質問をする場合、気を遣ったりしませんか?」


前園さんは「気にしなかった」と即答です。私が怪訝な顔をしたのを察してか、前園さんは次のような説明をしてくれました。


「気にする必要がないと感じたのは、やはり、僕自身がサッカー選手だったことが影響していると思います。サッカー選手同士という、根底の部分での信頼関係があるから、普通の人なら気にするようなことでも、すんなりと聞くことができる」


サッカー素人である私には、サッカー選手同士という根底の部分での信頼関係を築くことはできません。サッカー経験者でないと、サッカー選手から本音を引き出すのは難しいのだなと実感した瞬間でした。しかし、サッカー経験者以外のインタビュアーが、サッカー選手に質問するケースは多々あります。特に、W杯という一大イベントの前であればなおさらです。この疑問に対しても、前園さんは答えてくれました。


「(サッカー未経験者の)何気ない言葉がプレッシャーになる選手もいると思います。しかし、そうしたプレッシャーに対して、どうやって対処するのかを心得ているのがプロです。プレッシャーを感じたとしても、冷静に対処しなければいけません」


サッカー素人の記者から質問にも冷静に対処しなければならないとは、プロの世界は厳しい。だからこそ、サッカー選手同士という根底の部分での信頼関係が成り立つのでしょう。


※一方で、サッカーに関する知識がない記者から質問されたとき、どう答えていいのか分からないことがあったという話も聞かせて頂きました。


サッカー選手同士という根底の部分での信頼関係を、もっと分かりやすい形で説明してくれたのは、岩本輝雄さんでした。テルさんは、サッカー選手同士という根底の部分での信頼関係を上手く利用している人物です。こういうと腹黒そうな印象ですが、要するに誰とでも簡単にアミーゴになる術を心得ているのです。


例えば、海外のクラブチームに練習参加するとき、とりあえず、強いボールを蹴ってみせるそうです。そうすると、「コイツはサッカー選手だな」と周りが認めてくれるというのです。サッカー選手という前提が、サッカー選手とのコミュニケーションでは重要なようです。


ここまでの文章を読み返してみると、サッカーの素人でもサッカー選手から本音を引き出せる可能性があるのでは?というツッコミがありそうですね。もちろん、高いスキルのあるインタビュアーなら、サッカーの経験なしでも、サッカー選手の本音を引き出せるかもしれません。しかし、サッカー選手は必ずしも本当のことを話すとは限りません。そのジャッジをするためには、ある程度のサッカー経験が必要となります。


やはり速サカ編集時代、川崎フロンターレで現役をしていた頃の相馬直樹さんにお話を伺う機会がありました。相馬さんは率直な人で、言いたくないことに対してはハッキリと「言いたくない」と言う人でした。また、なぜ「言いたくない」のかも丁寧に説明してくれました。


例えば、サポーターの暴走行為をどう思うか?と質問すると「サポーターについては思う所があるが、現役選手は、それを口にしてはいけない」という回答が返ってきました。また、相性の良い選手について質問したら「僕が○○選手と相性が良いと言ったとします。それがマスコミに取り上げられたら、○○選手は喜ぶかもしれない。しかし、チームには○○選手とポジション争いをしている選手もいる。その選手が、その記事を読んだらどう思うか?そういうことを考えたら、気軽に発言できるようなことでない」と、答えてくれました。


相馬さんは、サッカー選手に限らず、僕が人生の中で出会ったすべての人間の中で1、2を争うインテリジェンスの持ち主です。このように、質問されたことに対して理路整然と、しかも誠実に説明してくれる人は稀です。相馬さんから話を伺わなければ、サッカー選手がどのような部分を気にしているのか、あるいは誤魔化したいのかは理解できなかったと思います。サッカー経験者でなければ、サッカー選手が本音を隠しているかどうかのジャッジは難しいのです。


サッカー未経験者では分からないサッカーの機微というのは確実に存在します。その存在をごく自然に受け止めることができるのがサッカー経験者です。


しかし、サッカー未経験者が何を知らないのか、あるいは知りたいのかを理解できるサッカー経験者は少ないように思います。サッカーをビジネスとして成立させているのは、サッカー経験のない人たちです。ですから、情報を発信する側がサッカー経験者だけになると、サッカー未経験者が望む情報を供給できなくなる可能性があります。だから、私のようなサッカー素人でも、サッカー報道に携わることができたのだと思います。


サッカー経験者にしか分からないサッカーがあることも事実です。それでもなお、サッカービジネスを考えた場合、素人の意見は意外と重要なのだと思います。これはマスコミだけに限りません。クラブの経営や上部団体の運営にも当てはまります。特に槍玉に挙げるつもりはないのですが、力士経験者だけで組織されていた日本相撲協会は、やはり、世間との認識にズレが生じていたと思います。


何が言いたいかというと、「サッカー関係者はみんな賛成している」ことを盾に、その意見に反対する者を「素人」といって切り捨てる行為は、愚かしいということです。

・サッカー選手同士という根底の部分での信頼関係(サッカー景気の悪い話)
http://verdy.way-nifty.com/verdy/2008/11/post-efea.html

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